大学職員のぼんやり日常ブログ

思ったことを書きます。仕事のこと、家庭のこと。

大学事務職員の人材育成について①

例えば一般企業が人材育成に積極的になるのは当たり前のことかもしれません。

でもそれが学校法人、大学になると当たり前ではないことがあります。

 

一般企業の場合、組織の目的達成が社会貢献だったとしても、利益をあげることがその目的達成にある程度繋がることになり、結果的に目の前の利益や数字を追うことと組織の目的達成のベクトルがある程度一致します。

つまり仕事に対して定量的なわかりやすい評価軸があります。

 

一方、大学は、受験者数が増えれば収入は増となるものの、入学定員が満たせるようであれば収入は変わらず、また公共性の高さから税金による収入があるため、利益をあげることに必死にならなくても、ある程度組織が維持できます。

組織の目的としては、研究成果を社会に還元することや、より良い人材を社会に送り出すことや、地域振興などでしょうか。

これらは定量的な尺度で評価することが難しいです。

 

そんなわけでほっといてもやらないから、文科省はSDを義務化したんでしょうか。

 

とすると、組織の目的をより高いレベルで達成するには、大学で働く職員が内的な動機づけにより行動できなければなりません。

でないとモチベーションがもちませんから。

つまり、職員の自己啓発が非常に重要になってきます。

 

ただ、ほっといても自己啓発なんてしないので、組織的に自己啓発を促すしかけが必要なのです。

 

たとえば人材育成ビジョンの策定。

 

就職から定年までの人生のだいたい3分の1くらいは仕事をやっています。

その時間を充実させれば、人生も充実する、という考えのもと、職員には自分はどのようにキャリアを積んでいくか考えてもらいます。

 

職員のキャリア開発においては、当然各職員の意志ベクトルと組織の意志ベクトルがある程度同じ方向を向いていないといけません。

 

組織としては、まず組織がどのような人材育成を考えているか、職員にどうなってほしいかを考え、可視化する必要があります。

 

でないと当然、職員のベクトルを合わせることができません。

 

これは組織と職員のコミュニケーションである気がします。

どうなって欲しいか明示せずに、また具体的な人材育成もせずに放置した結果、仕事ができないという人を組織のお荷物扱いするのは、雇用している組織として無責任ではないでしょうか。

組織はどう思っているか伝え、また職員がどうしたいかを聞き、どうしていくか落とし所を考える。

規模が大きいだけで、他の仕事となんら変わらないメカニズムです。

 

そういった意味で、人材育成ビジョンの策定は、自己啓発を促す環境づくりの第一歩といえるでしょう。

 

人材育成ビジョンに基づくSDプログラムの策定・明示もそうです。

 

最初からいきなり自発的に動ける人ばかりを採用できれば問題ありませんが、人間の多様性を考えるとそんなことあるわけがありません。

最初はある程度強制的に知識やスキルを増やしてもらわなければならないでしょう。

 

ただし、どんな意図でどんなプログラムを策定しているかを明示し、その上で受講してもらう必要があります。

自分の中で理屈が納得できれば、ただ受けるだけの研修にはなりにくいです。

俯瞰的に捉えられているかどうかは非常に重要です。

 

制度の裏表ない趣旨説明は組織と職員(組織=職員かもしれませんが)の相互理解を深める上で、必要不可欠です。

それが組織への信頼に繋がり、自発性も湧いてくる。と個人的には思っています。

 

なんしか、組織の中で一人が優秀でも、全体のパフォーマンスはたいして変わりません。

一人でできることには限りがあります。

 

ただし人材育成の充実で皆が変われば、それは組織に非常に大きな効果を生むと思います。

そういった意味で、まず大学改革で最初に取り組むことは、人を変えることでしょう。

 

利益に直結せず、結果がでるか確証がないだけに、経済的に苦しい大学ほど目先の利益に優先順位をつけがちです。

 

ただ、組織とは人と制度でできています。

 

目先にとらわれない判断が必要です。